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「サイエンス×コマーシャリゼーション」で日本の医療を救う──坪田先生が語る、医療イノベーションを創出する「T型医師」の必要性と健康医療ベンチャー大賞の原点

23 時間前
読了時間: 9分


慶應義塾大学名誉教授 / 株式会社坪田ラボ 代表取締役社長

坪田 一男 先生 

インタビュー日:2026年7月31日

インタビュアー:藤村(慶應義塾大学医学部5年)


超高齢社会を迎えた日本において、医療・ヘルスケア分野のイノベーションは極めて重要な課題です。しかし、大学や研究機関が有する優れた技術が、必ずしもスムーズに社会実装(コマーシャリゼーション)に結びつかないという現実があります。

慶應義塾大学医学部発ベンチャーであり、「ビジョナリーイノベーションで未来をごきげんにする」をパーパスに掲げる株式会社坪田ラボ代表の坪田一男先生(慶應義塾大学名誉教授)は、「イノベーションとは、サイエンスとコマーシャリゼーションの掛け算である」と提唱します。そして、その社会実装を加速させるのが、専門性に加えてビジネススキルやネットワークを兼ね備えた「T型医師(T-Shaped Physician)」です。

今回は、坪田先生が慶應義塾大学医学部で「健康医療ベンチャー大賞」を立ち上げた原点、自身が背負った10億円の借金という壮絶な起業体験、整理された坪田ラボの経営方針、そして年間5兆円にのぼる医療産業の貿易赤字に立ち向かう、次世代の医療アントレプレナーたちへの熱い想いをお聞きしました。



企業・事業紹介


──坪田先生は「健康医療ベンチャー大賞」の立ち上げから深く関わっていらっしゃいますが、どのような背景や課題意識からこのアワードが誕生したのでしょうか。


すべての始まりは2015年、当時の医学部長・岡野栄之先生(慶應義塾大学 再生医療リサーチセンター センター長・教授/株式会社ケイファーマー 取締役CSO/サンバイオ株式会社 創業科学者)から「慶應医学部でもイノベーションを進めたい。ぜひ学部長補佐として力を貸してほしい」と声をかけられたことでした。そこで私は「地財産業連携タスクフォース」を立ち上げて委員長に就任。天谷雅行先生(慶應義塾大学医学部 皮膚科学教室 名誉教授)、宮田裕章先生(慶應義塾大学医学部 医療政策・管理学教室 教授)ら志を同じくするメンバーと、医学部発のベンチャー支援やイノベーションの基盤作りを始めました。


当時は大学における「イノベーション」に対する意識が圧倒的に低い状況でした。歴史的に大学は12世紀の「教育」から始まり、19世紀に「研究」が加わりました。日本でも昭和22年の学校教育法で「研究と教育を行う場所」と規定されていましたが、平成27年(2015年)に法改正があり、「社会貢献」や「産学連携」、「イノベーション」を推進することが法的に義務付けられたのです。


ハーバードやMITをはじめ、日本では東京大学が450社以上のベンチャーを創出するなど変革が始まっている中、当時の慶應は遅れをとっていました。


慶應医学部を「社会を変革する存在」へと生まれ変わらせるためには、制度設計だけでなく、学内外の意識をガラリと変え、機運を高める強力な「シンボル」が必要でした。その啓発活動の象徴として2016年にスタートしたのが、この「健康医療ベンチャー大賞」なのです。



医療・ヘルスケアへの取り組み


──優れた技術を実際の社会実装や製品化に結びつける上で、最も大きなボトルネックは何でしょうか。


一言で言えば、事業化を意味する「コマーシャリゼーション」に関する教育の圧倒的な不足です。


私は「イノベーション = サイエンス × コマーシャリゼーション」という数式で説明します。医学部ではサイエンス(医学)を徹底的に学びますが、チームビルディングや資金調達といったビジネスの基礎は一切教わりません。


この課題に真正面から立ち向かうため、私が代表を務める坪田ラボでは、「大学発ヘルスケアサイエンスを中心にコマーシャリゼーションする」というアプローチを実践しています。


大学の優れた研究(サイエンス)に、ビジネスの力(コマーシャリゼーション)を掛け合わせることで、世界の「近視」「ドライアイ」「老視」、さらには「脳・中枢系」の問題を解決し、人々のQOLを向上させていく。これこそが、私たちが目指す社会実装の形です。


この現状を変え、イノベーションを自ら牽引していくために必要なのが、医師のキャリアにおいて自分自身を「T型(T-Shaped)」の形に設計するという意識です。


T型の縦軸は「医学の専門性(眼科や内科など)」、横軸は「ビジネス知識やネットワーク」を表します。これまでの医学界は「縦の専門性を極めろ」という方針でした。しかし、縦軸だけに閉じこもっていては優れた研究を社会に届ける術が分からず、将来的にキャリアの閉塞感にも繋がりかねません。横の軸を学ぶことで、多様な専門家と強固なネットワークを構築でき、人間としても継続的に成長し続けることができます。


この「T型医師」を増やすため、私たちは東京都から支援を得て、「医師起業家」を育成する本格的な教育プログラムを立ち上げました。「全国医学部ベンチャー協議会」を結成し、全国から医学生を集めてサマーキャンプを開催しています。昨年の第1回サマーキャンプには全国から100人以上の医学生が参加し、他大学の学生や専門家と深く語り合う熱気溢れる場となりました。こうした「横の軸」に興味を持ち、アクションを起こすことこそが、医療イノベーションを加速させる最大の教育支援なのです。



健康医療ベンチャー大賞への想い


──坪田先生ご自身は、どのようにしてその「コマーシャリゼーション」の重要性に気づき、ご自身の「T型の横軸」を築き上げてこられたのでしょうか。


私自身の非常に痛烈な失敗体験が原点にあります。


1997年に日本初のレーシック専門クリニック「南青山アイクリニック」を開設した当時、私は典型的な「縦軸だけ」の医師でした。「素晴らしい医療を提供し、ビジネスはパートナーに任せればいい」と信じ込んでいたのです。


しかし、そのパートナー選びで失敗し、巧妙な詐欺に遭ってしまいました。気がついたときには、なんと「10億円」という莫大な借金を個人で背負うことになっていたのです。このどん底の経験を通じて、ビジネスをパートナーに頼り切るのではなく、「本当にこのビジネスモデルが正しいのか」を自分自身で論理的に判断できるようにならなければ社会実装など不可能だと痛感しました。


そこで私は、自らの知識の横軸を鍛え直す決意をし、2017年から2019年まで慶應ビジネススクール(KBS)に通い、還暦を過ぎてからMBA(経営学修士)を取得しました。財務や組織論、マーケティングなどビジネスの体系的な知識を死に物狂いで勉強したのです。


この学びを経て起業スタイルを転換し、私自身がCEOを務める「株式会社坪田ラボ」をはじめ、「株式会社カクサスバイオ」「株式会社OUI」「株式会社レストアビジョン」など、慶應の眼科学教室から生まれたベンチャー4社の創出・発展に深く貢献しました。


特に坪田ラボでは、「ビジョナリーイノベーション(Vision:眼疾患 + Visionary:先見性を持った革新的な開発)で未来をごきげんにする」というパーパスを掲げ、経営の舵取りを行っています。私の言う「未来をごきげんにする」とは、ただ病気を治すだけでなく、イノベーションを通じて人々の心と身体を健やかにし、世界中をごきげんな笑顔で満たすことです。


この社会を実現するために、私は「エネルギーの70%をサイエンス, 30%をコマーシャリゼーションに配分する」という価値最大化戦略を実践しています。もし「サイエンス100%、ビジネス0%」であれば、掛け算なのでイノベーションの価値はゼロになります。


しかし、サイエンスを70%に抑えても、ビジネスに30%を注げば、価値は跳ね上がります。純粋な研究競争ではライバルに一歩譲ることがあっても、社会実装を果たす総合的なイノベーション力において、このT型戦略は圧倒的な強みとなるのです。



健康医療ベンチャー大賞に参加して感じたこと


──今年で11回目を迎える健康医療ベンチャー大賞ですが、これまでの変遷や成長についてどのように感じていらっしゃいますか。


初期の応募プランは、正直言ってレベルが非常に低かったです(笑)。大半が技術力をアピールするだけの「プロダクトアウト」で、「どう製品化し、事業化するのか」という視点が完全に抜け落ちていたのです。


しかし、回を重ねるごとにプランの質は劇的に向上しました。現在では、最先端のサイエンスをベースにしつつ、ビジネスモデルや知財戦略、社会実装への道筋が緻密に練られた、極めてレベルの高い提案が多数寄せられます。


私が評価を行っていた際は、一貫して「サイエンスの強さ」「コマーシャリゼーションの実現性」「社会変革への貢献度」という3つの軸を重視していました。今では、これら3軸のバランスが取れた「本物の起業家候補」が集まるアワードへと進化しています。


また、大賞の開催は医学部全体の「空気感」をも変えました。健康医療ベンチャー大賞を立ち上げる前の2015年、慶應の医学部生を対象に「起業や企業での活動に関心があるか」を調査したところ、興味を持つ学生は11%でしたが、2023年には52%にまで向上しました。


在学中から起業という選択肢を視野に入れる学生が着実に増え、意識の底上げがなされている意味は極めて大きいです。健康医療ベンチャー大賞というプラットフォームが存在し続けたことが、学生たちの意識レベルを引き上げる強力な原動力となりました。



挑戦者へのメッセージ


──最後に、これからの医療イノベーションを担う応募者や若手研究者の皆さんへメッセージをお願いします。


日本の医療が直面する深刻な現実をお伝えします。現在、日本が医療機器や医薬品の輸入超過によって海外に流出させている貿易赤字は、年間で約5兆円に達しています。


資源のない日本が生き残るには、自分たちの「頭脳」を付加価値に変えて外貨を稼ぐしかありません。それなのに毎年5兆円もの国富を流出させている。この状況を本気で心配しています。


これまで医療産業は製薬会社や一部の研究者が牽引してきましたが、現場のニーズを最も深く理解しているのは臨床に立つ「医師」自身です。私は、医師の5%でもいいからビジネスの横軸を学び、イノベーションを起こして外貨を稼ぐ側に回ってほしい。残りの95%は臨床や研究に専念すればいいのです。


健康医療ベンチャー大賞への挑戦は、それ自体が極めて贅沢な学びです。日常の環境に起業仲間がいなくても、ここに来れば全国の志高き異端児たちに出会えます。人間は身近な挑戦に触れて初めて「自分もできる」と思える生き物。完璧なプランでなくとも、その場に身を置き、熱量ある仲間やプロフェッショナルと出会うだけで、人生の大きな価値となります。


イノベーションは平坦な道ではありません。時に失敗し、痛手を負うこともあります。しかし、その先には社会と日本の未来を根底から変える「ごきげん」な感動があります。私たちは単に皆さんを応援するだけでなく、共に「T型」の翼を広げ、世界の未来をごきげんに創り出すパートナーとして、皆さんが大舞台へ踏み出すのを心から待っています。



坪田ラボは、慶應義塾大学医学部発の研究開発型企業です。眼科、光の生命科学、エイジング研究を軸に、先進的な研究成果と臨床知見を医療・ヘルスケア領域へと社会実装し、人々の健康とウェルビーイングの新たな可能性を切り拓きます。


坪田ラボ

https://tsubota-lab.com/





 
 
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